免疫力を向上するための運動
    早稲田大学 スポーツ科学学術院 鈴木克彦
 
世界中で猛威をふるっている新型コロナウイルス感染症は、特効薬もワクチンもない現状では、免疫力が発症するかどうかを決める重要な鍵となっています。感染拡大防止のための外出自粛など最近の社会情勢によって、皆様も運動不足になりがちと思いますが、日常の身体活動量の低下は、肥満をはじめとするメタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)やサルコペニア(加齢性筋肉減弱症)などの老化関連疾患を引き起こします。コロナ太りや体力低下と言えば思い当たる方も多いと思いますが、これらは免疫力も低下させるため、運動不足の解消は感染予防や免疫力の観点からも重要と言えます。
しかし、運動と一口に言っても、歩行やヨガのような比較的軽いものから、本格的なウェイトトレーニングやマラソン、トライアスロンまでさまざまです。後者のような激しい運動は、アドレナリンやコルチゾールといったストレスホルモンの分泌を促しますが、これらが過剰になると免疫力は低下します。よって、免疫の観点からは疲労や筋肉痛を残さない程度の適度な運動までとし、激しい運動をした後には十分な休養や栄養補給で回復(recovery)をはかることが必要です。運動中の水分補給も脱水や熱中症の予防に重要です。
 
ここで、適度な運動とは何かについて述べますと、運動の強度を徐々に上げていくと急に息が上がる(ハアハアし出す)運動強度がありますが、これを専門用語では換気閾値(ventilatory threshold: VT)あるいは無酸素性作業閾値(anaerobic threshold: AT)と言い、呼吸による酸素の取り込みが追い付かず体内が酸素欠乏状態になりつつあることを意味します。エネルギー代謝が追い付かず乳酸を発生しだす乳酸閾値(lactate threshold: LT)もほぼ同じ運動強度です。そうなると、からだの側は上記のストレスホルモンを放出して呼吸循環やエネルギー代謝を高めようとしますが、そのために出てくるストレスホルモンや代謝産物が免疫機能を抑制することにつながるわけです。
 
よって免疫力を高める運動とは、息が上がるまで追い込まず、笑顔で続けられるニコニコペース(smiling pace)の強度で、持続時間も1時間以内であれば疲労も筋肉痛も残さずに済みますが、そうすれば1回あたりの運動でもストレスホルモンが過剰にならず、免疫力を落とさずに済むと考えられます。ただし、運動不足や低体力の方は怪我をするといけませんし、準備体操など最初は軽い運動から始めて、徐々に体を慣らしていく必要があります。運動実施の頻度としては、週3回以上行えば有酸素能力も高まり体力がつくと同時に疲労しにくい身体づくりができます。運動の種類は楽しく続けられるものであれば特に種類は問いませんが、なるべく多くの全身の筋肉を使った方が血液やリンパの循環も促進されて免疫細胞も全身をくまなく巡回することになり、体内に潜む病原体やがん細胞の免疫細胞による発見・撃退にも有利になります。したがって、免疫力を高める運動については、気分爽快(refreshment)から息が上がるくらいまでの適度な運動を週3回以上の頻度で続けていくことが勧められます。
 
参考:
酒井徹・鈴木克彦編.改定 感染と生体防御.建帛社 2018.
鈴木克彦.自然免疫・炎症と運動の影響―そのメカニズム.医学のあゆみ 269(11),883-888,2019.
Suzuki K. Chronic Inflammation as an immunological abnormality and effectiveness   of exercise. Biomolecules 2019, 9(6), 223; https://doi.org/10.3390/biom9060223
Medical Frontiers of NHK World: Strengthening Immunity Against COVID-19.
https://www3.nhk.or.jp/nhkworld/en/tv/medicalfrontiers/20200623/2050094/